伊藤詩織さん、控訴審も勝訴 山口氏に損害賠償を命じる判決
ジャーナリストの伊藤詩織さんが、元TBS記者の山口敬之さんに性暴力を受けたとして、慰謝料など1100万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が1月25日、東京高裁であった。
中山孝雄裁判長は一審に続き、山口さんに損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡した。賠償額は一審(330万円)よりやや増え、約332万円とした。
一方、「虚偽の申告で名誉を傷つけられた」とする山口さんの反訴も一部認め、伊藤さんにも55万円の支払いを命じた。
一審判決によると、伊藤さんは2015年4月、就職相談のため、当時TBSのワシントン支局長だった山口さんと会った。
東京都内で食事し、2軒目の寿司屋で飲食した後、山口さんが宿泊していた都内のホテルに向かった。
伊藤さんは、寿司屋で記憶を失い、目を覚ますとホテルのベッドにおり、レイプされていることに気づいたと主張した。
伊藤さんは2017年9月、山口さんを相手取り、慰謝料など1100万円の損害賠償を求めて提訴した。
主張は次のようなものだ。
2015年4月、当時、TBS・ワシントン支局長だった山口さんと就職相談のために会った。
東京都内で食事をすると、2軒目の寿司屋で記憶を失い、痛みで目覚めた。
そして、山口さんが宿泊していたホテルのベッドで、避妊具をつけずに性行為をされていることに気づき、その後も体を押さえつけるなどして性行為を続けようとされたという。
そうした伊藤さんの主張に対し、裁判所は証拠や証言、供述などをもとに、こう判断した。
・伊藤さんは、2軒目の寿司屋を出た後、「強度の酩酊状態であったものと認められ」、ホテルの居室で目を覚ますまでの記憶がないとする供述内容とつじつまが合う。
・伊藤さんがシャワーを浴びず、1人でホテルを出て帰宅した行動は、性行為が合意のもとだったとすれば、「不自然に性急であり」「ホテルから一刻も早く立ち去ろうとするための行動であったと見るのが自然」
・伊藤さんが同日中にアフターピルの処方を受けた行為は、避妊をしなかったことが「(伊藤さんの)予期しないものであったことを裏付ける事情と言える」
・山口さんがTBSのワシントン支局長を解任される前に、伊藤さんが友人や警察に相談した事実は、性行為が「(伊藤さんの)意思に反して行われたものであることを裏付けるものと言え」、警察に申告した時点では就職のあっせんを期待できる立場にあったから「あえて虚偽の申告をする動機は見当たらない」
一方、山口さんは、性行為を合意のもとと主張した。
そして、伊藤さんが記者会見や手記などを通して被害を訴えたことで、自身の名誉を毀損されて信用が失われたほか、プライバシーを侵害されたとし、慰謝料1億3000万円や、謝罪広告の掲載を求めて反訴した。
裁判所は、山口さんの主張に対しては次のように判断した。
・山口さんが、伊藤さんをホテルに連れて行くと決めたのは、タクシーの車内で伊藤さんが嘔吐した時点で、乗車するまで酩酊の程度はわからなかったとした。
ただし、寿司屋からその最寄り駅までわずか5分ほどの距離だったことを考えると、タクシーに同乗させた点に「合理的な理由は認めがたい」
・山口さんは、伊藤さんがホテルの居室で深夜に目覚めた際、「私は何でここにいるんでしょうか」と話し、就職活動について自分が不合格であるか何度も尋ね、酔っている様子は見られなかったと供述した。
だが、伊藤さんの「私は何でここにいるんでしょうか」という発言自体が、居室に入ることを同意していない証だと言うべき。
・さらに、伊藤さんが寿司屋で強度の酩酊状態になり、ホテルの居室に到着した後も嘔吐し、山口さんの供述だと一人では服を脱ぐのもままならなかったとすることを考えれば、約2時間という短時間で、酔った様子が見られないまでに回復したとするのは、「疑念を抱かざるを得ない」
・山口さんの供述する事実の流れを見ると、伊藤さんがホテルの居室でシャワーを浴びず、早朝に1人でホテルを出たことと整合しない。
・ホテルでの件があった後、山口さんは伊藤さんへのメールで、伊藤さんから自分が寝ていた窓側のベッドに入ってきたと説明した。
しかし、法廷での本人尋問では、山口さんは伊藤さんに呼ばれたので窓側のベッドから、伊藤さんが寝ている入口側のベッドに移動したと供述しており、話が矛盾する。
・山口さんは、性行為の直接の原因となった伊藤さんの直近の言動という「核心部分」で「不合理に」供述が変わり、「信用性には重大な疑念がある」
裁判所は両者の供述をもとに、伊藤さんの供述は、山口さんの供述と比較しても「相対的に信用性が高い」としたうえで、こうまとめた。
・伊藤さんがホテルの居室に入ったのは、自らの「意思に基づくものではない」
・酩酊状態で意識のなかった伊藤さんに、山口さんが合意のないまま性行為をした事実が認められる。
・伊藤さんの意識が回復し、性行為を拒絶した後も体を押さえつけ、山口さんが性行為を継続しようとした事実が認められる。
・それらから、山口さんの行為は、伊藤さんへの「不法行為」で、損害賠償額は330万円だと言える。
一審の東京地裁は2019年12月、「酩酊状態で意識のなかった伊藤さんに、山口さんが合意のないまま性行為をした事実が認められる」として、山口さん側に330万円の損害賠償の支払いを命じた。
また、名誉毀損だとして反訴した山口さん側の請求は棄却した。
山口さんは2019年2月、伊藤さんによる記者会見などで名誉を毀損され、社会的信用を失ったとして、慰謝料1億3000万円や謝罪広告の掲載を求めて反訴した。
また山口さんはこの判決を不服として、2020年1月に控訴していた。
伊藤さんは、これまで記者会見や著書などを通し、山口さんから性被害を受けたなどと公表してきた。
今回の控訴審では、第一審に間に合わなかった伊藤詩織さんと山口氏が乗ったタクシーの運転手とホテルの清掃員の証言が採用されて、3つの論点が裁判で議論された。
1、山口氏は伊藤詩織さんに同意のない性行為、不法行為をしたのか?
2、伊藤詩織さんの山口氏に対する名誉毀損があったのか?
3、伊藤詩織さんが、負った怪我は山口氏によるものか?
また性行為が行われた時間が、伊藤詩織さんは午前5時ごろ山口氏は午前2時から3時と争われたが、山口氏の根拠である伊藤詩織さんがアフターピルを処方されたイーク表参道のカルテは不同意性交の直後の伊藤詩織さんが不同意性交の詳細を正確に説明出来なかったこともあり不正確な記載がされており、裁判で証拠として提出された伊藤詩織さんとK検事の捜査段階の音声データから不同意性交が午前5時ごろに行われたと裁判官は確定し、事後の伊藤詩織さんの行動から山口氏は伊藤詩織さんに不同意性交するという不法行為をしたと確定した。
また不同意性交を、伊藤詩織さんが山口氏に強いられた際に負った膝などの怪我の責任を、山口氏に認め怪我の治療費を1審の賠償金に加えて認めた。
高裁判決は、伊藤詩織さんが自らの著書で山口氏の不同意性交を告発したことを、その目的は公益を図ることにあると認められるとしたうえで、「山口さんからデートレイプドラックを使用された」と主張したことについては、「真実と認められない」とした。
山口さんのプライバシーを侵害し、社会的評価を低下させたなどとして、この部分に関しては伊藤さんに55万円の支払いを命じた。
判決を受け、伊藤さんは「ここまでこれたことを感謝しています。ありがとうございました」と話した。
「(高裁で)もしも負けてしまったら、日本に住めなくなってしまうのではないかと、恐怖と隣り合わせたでした」
日本は、性被害に対して声を上げにくい社会だ。
海外では「同意のない性行為」自体を犯罪とする国も増えているが、日本は刑法で性的同意年齢は13歳と定められるなど、性的同意の概念が低いと指摘されている。
今も刑法の見直しに関する議論が進められているが、会見に同席した伊藤さんの代理人の角田由紀子弁護士は、教育の必要性を強調する。
「男性が圧倒的に強い日本社会の中で、性行為は相手の同意を得て何かをすることが基本的な原則になっていない社会。国際的な基準に合った性教育をするべきです」
伊藤さんは、言う。
「個人として言えるのは、声を上げたら必ずどこかに届くということ。こうしたケースがあるということを頭の隅に覚えていただいて、同じようなことが起きないように、毎日行動していただけたらなと思います」
山口さんは25日夕に記者会見し、「判決文を読み込んで上告する準備に入る」と語った。
TBSテレビは「元社員在職中の事案につきまして、伊藤詩織さんのこの間のご心痛に対しまして大変申し訳なく思います。引き続き社員教育やコンプライアンスの徹底に努めてまいります」とコメントしています。
伊藤詩織さんの控訴審の意見陳述書全文
控訴審を終えるにあたり、以下のように陳述させていただきます。
事件が起きてから、6年が過ぎました。この裁判を始めてからは約4年が経ちます。
2015年、事件当時の私は、必死でバイトで貯めたお金で海外の学校に通い、ずっと夢を見ていたジャーナリストの仕事がスタートし、毎日ワクワクしながら仕事に出かけていた25歳でした。
当時はその後の20代を裁判に費やすとは想像もしていませんでした。
事件と向き合う中で、自分の身に起こったことを、司法や社会がどう判断するのかを目の当たりにしてきました。
精神的に痛めつけられ、攻撃されることの繰り返しでした。しかし「真実と向き合った」という事実は私の人生でとても大切なことだったのだと思います。
この4年間、裁判で訴えたかったことは、そう多くはありません。
まず、私の身に起きた出来事に対して、司法の適切な判断が下されることでした。そしてもうひとつ、判決を通じて、私が経験したような、性被害、および被害者バッシングという二次加害が、決して許されないものなのだというメッセージが広がることで、新たに被害者が泣き寝入りしなくてよい社会になることです。
私は警察に届け出た段階で、刑事司法で裁いてもらうことを望んでいましたが、逮捕は直前で取り消しとなり、それはかないませんでした。
刑事司法の不透明な対応に左右され、確かに存在していた性被害が、なかったことにされてしまうことに危機感を抱き、自分の顔を出し、そして名前を出して発信することを決意しました。
「売名」「被害者ビジネス」「ハニートラップ」……。名乗り出てから、本当にさまざまな言葉が投げかけられました。
刑事司法が適切に対応してくれていれば、私が被害者であることを、公に名乗り出る必要はありませんでした。
また、名乗り出ることで傷つくことや失うことがあることも想像できたので、本当に悩みました。それでもこうして名乗り出たのは、被害を否定してはいけないと思ったためです。
私は山口氏(以下、控訴人)に性暴力を受けてから、PTSD によるフラッシュバック、うつ状態を経験し、何度も死を考えました。
街を歩くことにさえも恐怖を抱くようになり、一時期は日本を離れました。
さまざまな誹謗中傷に触れたことで、現在でも自分でネットを閲覧することが難しい状態が続いており、仕事で必要なネットでの対応は、第三者にすべてお願いしています。
裁判の過程は、とても苦しいものでした。被害と向き合い続けたことや、ネットなどでの二次加害だけが理由ではありません。
裁判の内外で、控訴人側が正当な反論を超えた中傷、そして二次加害の扇動を行い続けたためです。
控訴人の第一審担当の北口弁護士は、ブログや記者会見で繰り返し、「妄想」「虚構」「虚偽」など私を嘘つき扱いし、病人扱いしてきました。
北口弁護士は懲戒処分になりましたが、私は裁判自体に向き合う恐怖を深めました。
今回の控訴審で控訴人側は、いかに私が信用のおけない人物であるかを示すことにエネルギーを費やしました。
例えば私が事件当時住んでいた住居は、当時の私の収入では払えないはず、そしてそのマンションのオーナーは実は愛人をたくさん囲っていた、とあたかも私がオーナーに部屋を貸してもらう等の親しい間柄にあったような印象を与えるための無根拠な主張を重ねました。
実際は、マンションの部屋をシェアハウスに改造したものであり、全く高額な家賃でなく、自分で働いたお金で支払っていたのにも関わらず。
他にも私の身の回りを詮索され、邪推され、事実ではないことを発信され続けました。
また、この控訴審で、「真の性被害者」という言葉が、控訴人側の主張として繰り返し使われました。
これは、被害者のステレオタイプを一方的に作り出し、そのイメージとズレているから、あの人は偽の告発者・性被害者なのだ、とする主張です。第一審の判決直後、控訴人側が開いた記者会見で控訴人は「『被害者は、あのような笑い方はしない』と性被害を受けた女性からきいた」という主張を行いました。
控訴人は「引用である」と釈明しましたが、これも典型的なステレオタイプだと思います。
この件にとどまらず、今回の裁判の中で、性被害者や女性全般に対するステレオタイプ的な見方が繰り返し持ち出され続けました。
例えば、私が早くその場を去りたかったために、シャワーを浴びずに朝5時にホテルを出たことについて、控訴人はこう主張しました。「偶発的な経過から初めて性交に至ったにすぎない相手の男性が宿泊するホテルの居室で、当該相手の男性も使用しているであろうバスルームのシャワーを共有することなど、女性の心理として性交の合意があろうがなかろうが抵抗感、不潔感、羞恥心といった、ないし消極的な感情を覚えるほうが当然といえる(※筆者注:なので、性被害にあった故の行動とはいえない)」などという主張をしました。
もちろん、そのような「女性の心理」が、この社会に存在している根拠は示されていません。
また、ホテルから出る際に、私の髪型が前夜と違って結ばれていたことについても、「心理的な余裕が明確にあったからできた」はずだとも主張しました。
性被害にあった人であっても被害にあったことを周囲にわからないように行動をとる、ということもあるかと思います。
何ごともなかったかのように。冷静に振舞おうとする被害者が多くいることを説明してもなお、「本当の被害者なら他の行動をとるだろう」という勝手な論理にすがり続け、私を非難し続けました。
こうした文面がふんだんに記された準備書面や書証などの攻撃的な資料が届くたび、また新たな加害が行われているように感じ、苦痛の日々を過ごしてきました。
事件直後、被害届を出そうとした私に対し、捜査員が「君の人生が水の泡になってしまうからやめなさい」と言いました。
どんな事件でも、「被害者側に沈黙させる方が、被害者のために良いのだ」とされてしまう社会の仕組みの下では、これからも誰かを長期間苦しめてしまうでしょう。
被害者が司法できちんと守られること、そしてこれ以上「真の被害者」という勝手なステレオタイプによって、誰かを貶めるような出来事がおきないことを願ってます。
この控訴審は新型コロナウイルスの影響により期日が延期されました。そのような大変な時期にもかかわらず、ここまで丁寧に審理していただき、本当にありがとうございました。
裁判で耐えられない山口敬之の証言の変遷
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